2021年11月22日月曜日

お宮参り

 自分でもほんまかいと思って過ごした上にお腹が出ないタイプらしくて妊娠のことを言えずにいた友人も多く、報告が事後!になってしまった子も数名・・・。中学の同級生・南絢加もそのうちの一人だった。「驚かせてごめん!6月に出産した!」とラインを送ると、「おめでとう!!うちも今妊娠中!」と返事がきて、こっちの方がびっくりしてしまった。10月が予定日らしくて、なんと親子で同じ学年。大きいお腹で緑に会いにきてくれた絢加が緑を抱っこすると、中のベビーがめちゃくちゃ動いたらしい。お兄ちゃんぶって何か教えてあげてるのかな。きっと緑の初めてのお友達。早く一緒に遊びにたいね。

緑を抱っこしたまま絢加が言った。「お宮参り行くとき写真撮ってあげるよ!」・・・お宮参り?ヤベ!

そのとき緑産まれてはや1ヶ月半ほど経っていた。いやいやでも1ヶ月早産で入院していた分はカウントしないことにして、それでも2週間後くらいには行かなくては!結婚してないとこういう事態になってしまっていかんなぁ。急いでメルカリとヤフオクで探し回って、深緑に白い鷲の入ったイメージ通りの着物をゲット。私は夏の訪問着なんて持っていないので、絢加が所属している京都着物学園京都本校さんに手配してもらった。髪のセットは木屋町のAimさんを予約。ばっさり短く切った髪を芸子さんみたいにセットしてもらい、とてもレンタルに見えない上等で上品な絽の着物を絢加に着せてもらった。緑のおでこに「大」の字書いて、どこから見てもバッチリ。

普通お家同士のお祝いでするものだから、ネイティブシングルマザーの私には必要ない行事なのかもしれないんだけど、緑が無事に1ヶ月生きたことのお祝いと感謝はせねばならないし、これからの成長も願いたい。色んなことが人間の思い通りになる現代社会だけれど、子どものことに関してはまだまだ願うしかないことがたくさんある。時の流れや季節の移り変わりというどうしようもないものに晒され祈るしかないという昔の日本の人たちの感覚が、緑のおかげで自分のものになった。こういう暮らしの中で、日本の美しい行事や習慣はできたのだ。






2021年10月28日木曜日

寝顔

 今のとこ0歳の緑の寝顔。

ほっぺがおもちみたいでなんとも言えん。





2021年10月17日日曜日

ベビー服のポケット

 ベビー服のポケットってなんか可愛いよな〜と思ってたら、ときどき緑を預ってもらってる先斗町の事務局でも同じこと言われて、使いもしいひんのについてるのが可愛いよね〜ということになった。

花やってると、いらんもんはなければないほどええデザインと思いがちやけど、いらんのにくっついてることで遊び心とか可愛さが生まれるんやな〜と、緑のお洋服から勉強になった笑

その話を覚えておくべくポケット使ってみよう!と思い立ち、小さめのコスモスをすぽっと挿してみた。

そして一番(私の)お気に入りのこのポケット付きの黄色と緑のアーガイルチェックがもうすぐサイズアウトしようとしている。




2021年10月6日水曜日

70センチファッションショー

 たくさんいただいたベビー服。こんな大きいのいつになったら着れるんや??と思っていた70センチのお洋服が、ふと気がつくとぴったりに。どれもこれもかわいくて、毎日どれを着ようか楽しみ!






コミュニケーションと涙

 知らなかったのだけど、産まれてしばらくの赤ちゃんは、涙腺が未完成だそうで涙が出ない。泣き声だけあげるので泣いてるというよりは呼んでるという感じがした。

少しずつ泣くと目の周りが濡れるようになってきて、最近ではちょっと手がはなせず行くのが遅れると(ごめんね)、涙が流れていることがある。泣いている理由は大人と違って、お腹がすいたとか寝れへんやないかというシンプルなものだから、大人だと考えられない理由で大号泣していることになる。でも赤ちゃんは言葉がまだ使えないから何か伝えたいことがあったら泣くしかない。

そう思うと、実は大人が泣く理由と実は同じではないかと思った。自分が泣いた場面を振り返ってその悔しさや悲しさを突き詰めると、「なんで伝わらへんねや」だ。お腹すいたよは緑が泣く一番の理由だけれど、それらしい時間に口をちゅうちゅう動かしているので(かわいい)おっぱいの近くに持っていってやると、そのまま泣かずに飲む。だからもしかしたら「お腹がすいた」から泣いてるんじゃなくて、それを伝える方法がわからなくて私に伝えられなくて泣いているのかもしれない。

そうすると逆に、人間が涙を流す理由は、悔しさや悲しさの正体は、「伝わらない」なのかもしれない。




2021年9月18日土曜日

はーう

 ある朝緑が微笑みかけてくれるので微笑み返していると、おもむろに「はーう」と言われた。それは泣き声でもくしゃみの後に出しちゃう「はぅー」でもなく、発音しようとして出た声だった。

はーう!

真似して「はーう」と返してみると、にっこり!

その後短いバージョンの「はう」やちょっとだけ別バージョンの「ふー」も登場。言われるがまま真似して返しているととってもうれしそう。緑語なんでどういう意味かわからないけど笑、お話できてうれしいのかな!

緑「はーう」→私「はーう」→緑にっこり!の場合は、緑「母ちゃん大好き!」→私「母ちゃんも緑大好き!」→緑にっこり!に違いないと思っているのだけれど、

緑「はーう」→私「はーう」→緑(「え、そんな…」という顔)の場合もたまにあって、わかってない緑語で変なこと口走ってしまったのかと思うと可笑しい。きっと中国語みたいに微妙な上がり下がりがあるのだろう。




2021年9月14日火曜日

添い寝

 家に帰ってきたときのことを思うと随分大きくなって厚みも出てきて、私では踏み潰せなさそうなので最近一緒に寝ている。

お鼻とお鼻でチュウして(エスキモーキスというらしい。エスキモーは口でキスすると湿っているところ同士が凍ってくっついてしまうので、鼻と鼻でキスするんだって)、緑の小さい手と私の人差し指でおててをつないで寝る。

明け方顔に湿ったものでぺーちぺーちと一定間隔ではたかれる感触が続き「…なんだ!?」と思って目を覚ますと、楽しそうな緑の笑顔の横から右手が飛んできた。

長らく一人で暮らししてきたので、自分の隣で寝ている、小さくて温かいプレシャスなものに起こされるという経験は、私にとってまだまだ真新しい幸せだ。そしてまだまだ自分の意志と関係なくびよーんとなっちゃってたおててが、的に当たるようになってきた成長に乾杯。






2021年9月4日土曜日

1歳の誕生日には赤ちゃんじゃなくなる!

 暑くも寒くもない部屋で、緑がお布団(タオル笑)をのっけて気持ちよさそうに眠っているの見つけると、本当に幸せな気持ちになる。

仕事で出会った同い年の市役所職員さん、こないだ産まれたばかりと思っていたお子さんはもう3歳らしい。緑に会いに来てくれて、「は〜〜小さいかわいい〜」とひとしきり喜んでくれた後、自分のお子さんのことを「1歳の誕生日に、この子もう赤ちゃんじゃない!って思った」と言って笑った。こんな小さいふにゃふにゃの赤ちゃんの時期は今だけ!子どもいる人みんなに言われて、多分そうなんだろうと思うけど、この言葉が一番はっと思った。自分なりに緑と一緒にいる時間を大切にしているつもりだけれど、それでも後悔するんだろうなぁ。赤ちゃんは1年で赤ちゃんじゃなくなる。

寝顔見てると、母ちゃんがこんなに大好きなことが、はやく伝わるといいのにな〜と思うけどさ。






2021年8月28日土曜日

幸せな時間

 緑は、どうも夜は寝ることにしているらしい。もちろん夜中呼ばれるが、ちょっとちゅうちゅうやるとすぐに瞼が落ちてきて「ぼくをお布団にもどちてください」という感じになる。

明け方の授乳が終わってお布団に戻す。朝日に包まれる緑の寝顔を眺めながら眠りにおちて行くのは、幸せとしか言いようがない。



2021年8月24日火曜日

出産したときのこと

 陣痛の痛みを音量に例えると、それは電車の隣の人のヘッドフォンから漏れ出るような、かすかな音から始まった。やがて軽音部に入ったお兄ちゃんがノってるときぐらいうるさくなり(「ちょっとお兄ちゃん!静かにしなさい!」)、最終的に近所の人に警察呼ばれるくらいのボリュームになった。陣痛室の時計は12時を指していた。その時の私はエビのように丸まって、助産師さんがくれたテニスボールでその音源らしい腰の辺りを、ケガするんちゃうかというくらい押しまくっていた。ケガでもなんでもいいけどもう痛くてそれどころじゃなかった。でも痛んでるのがどうも骨の芯ようなところらしくて、外からどれだけ押してもどうにもならないとんでもない歯がゆさだった。その痛みは本当に音量のつまみのように、ちょっと下がったかと思うとぎゅんっと最大になりの繰り返しで、文字通りのたうち回った。コロナのため付き添いはなく、一人だったが「痛い痛い痛い」と勝手に声が出た。放った声は自分の耳に入ってきたが、我ながら悲痛だった。

こんなことになるなんて思ってもない前日、安静に安静にと横になって、平和な木屋町の空を眺めていた。眠れなかったので妊娠中何度も読んだ宮木あやこさんの小説『花宵道中』をめくる。読んでいてふと思った。遊女たちは、一体どうやって避妊していたんだろう?文庫本をスマホに持ち替えて検索検索。読んだ内容はあまりに悲惨で涙が出た。

遊女たちは、基本的にほとんどみんな性病にかかっており、妊娠しにくくなってたそうだ。さらに栄養ある食事も休養ももらえない子がほとんどで、妊娠できる身体ではなかった。それでもやっぱり妊娠することはあって、よっぽどの大見世でない限り産ませてもらえず、冷水につけられるとかほおずきの毒を飲まされるとか、酷い方法で墮胎させられる。借金を返したら身請けされたり約束した幼馴染みと一緒になったりなんていう物語があるけれど、そんな生活だからほとんどの遊女が借金を返す前に20代のうちに亡くなり、運良く返して廓を出られたとしても、その頃には妊娠できる身体ではなくなってしまっていた。なんてこと・・・!

部屋の南側の、真四角の小さな窓が一面の水色だった。その時自分が、痛みに支配されていることに気がついた。その話を思い出すまで、もう痛い以外の何をも考えられなかった。「落ち着け」と思った。音量が下がったときを見計らって、丸まっていた体をまっすぐにのばした。深呼吸して、目をしっかり開いた。この時、ほんのわずかだけれど冷静さを取り戻したことがはっきりとわかった。彼女たちの前で、好きな男の人の子どもを産もうとしてる今、痛いとかもう嫌やとか言えるのか?

当然痛みはなくならないけれど、なんとか目を開いて深呼吸を続けた。間もなく痛みが極まり「出てきそうー!」とナースコールを押し、分娩室へ連れて行かれる。もう爆音が町内に響き渡り、家が警察とパトカーに包囲されるくらいのボリュームだった。明日のワイドショーに出れそう。

分娩台にひっくり返されると、わらわらと助産師さんたちが集まって来た。来る人来る人全員に「冷静ですね!?」と言われた。冷静というものに、自分の意志でなれるんやな。勉強になった。

さて、陣痛の痛みに冷静さで打ち勝ったと思ったのも束の間、頭が出てきたときの痛みは想像を超えていた。陣痛の痛みは種類としては生理痛なので音量なんかに例えて説明できるのだけど、こっちは同じ痛みを経験したことがなくて、何が起こったのかわからなかった。昭和の漫画で頭にタライか何かが落ちてきて、本人はわけがわからず星が飛んでるようなイメージ。だからびっくりするような痛みだったのに、もう思い出すことができない。それでもなんとか冷静さの細い糸を見失うことなく、20分ほどの超安産で、緑はこの世界にやってきた。

病院へ

 さて、痛い痛いと聞いていた出産の痛みは、実際に経験してみて2段構えなのだということがわかった。陣痛の痛みと、実際にベビーが出てくるときの痛みである。

「これ合ってんの!?」と思いながら、陣痛も破水も抱えながら外来から受診・・・笑 妊娠7ヶ月であってはならない出血をし、そのときの検査でかなり下まできてしまって切迫早産一歩手前となって以来悲しんで反省して安静に安静に過ごし、33週の検診で、2週間後もこのままやったら普通に動いて良しとなったちょうど一週間後だった。そう言われたけど調子に乗ったらアカン!と、変わらず安静に安静に過ごしてたのに・・・

先生は「よく34週までがんばりました」と言ってくださった。薬を使ってお腹においておくこともできるらしいが、34週で最後に完成する臓器である肺がなんとかでき上がるとのことで、このまま産みましょうと、分娩と入院の電話をあれこれし始められた。その間横にならしてもらえたが、「こんなときにすみません」と事務員さんが書類をもってやってきて、入院生活の説明と退院するまでに署名して提出する分などなどをものすごく申し訳無さそうに説明してくれた。ここでの説明は1つも覚えていない。なんとか返事をしながら「これ同じことされたら怒り出す妊婦さんいるんちゃうやろか」と思った。

車椅子に乗せてもらって、陣痛室へ。

最近の添い寝スタイル

 いろいろな寝方を経て、最近は仰向けになった私にのっかるか、小脇に抱えられて眠る、のどちらかになった。ときどき思い出したように寒くなる5月。眠くなってぽかぽかの緑を小脇に抱えて、タオルケットをかぶるとなんとも心地よい。