2022年2月13日日曜日

新米ママを悲しませる言葉

緑と暮らしながらの仕事のペースもなんとなく掴めてきたし、母はとても協力的だしご近所の神戸夫妻やアキラさんも助けてくれる。緑はよく笑うしよく寝るし、人生で初めてのベビーとの暮らしは我ながらうまくやっていると思う。自分は育児ノイローゼとか鬱とかと無縁って思う。でも、そうなってしまう気持ちが最近わかるときがあって、自分でもびっくりしている。

緑と私を見て、いろんな人がいろんな言葉をかけてくれる。そのほとんどが他愛もないか、ぶっちぎりの誉め言葉。赤ちゃんなんてみんな可愛いしみんな天才だけど、自分の子供を褒められるとやっぱりうれしくなる。あとはアドバイス。「もうすぐあれができるからこうしたほうがいいよ」とか買っておいた方が良いものを教えていただいたり、あとは「私はこうしたから子供は今こうなった。これはしない方がいいよ」とか。ありがたい。あと、たぶんアドバイスのつもりで言ってくださっているのだろうけど、こういう言い方をされることがある。

「それじゃ可哀そう」。

あとに続くのは、「もっと上に着せてあげた方がいいんじゃない?」とか、本当にどうということもないこと。多分、親切で言ってくださっているのだろうと思う。でも、私は本当に楽観的でハッピーなシングルマザーだと我ながら思うけど、でも、「それじゃ緑が可哀そう」と言われるのだけは、結構落ち込む。

私は個人事業主で上司もいないし、結婚していないから義理の母もいない。どんなに落ち込むことを言われても他人様からだ。気にすることはない。でももしこれが、人間関係を断ち切れない人から言われたらどうだろう、と思う。会社の上司とかお隣さんとか、義理の家族とか旦那さんとか。こんなに楽観的な私でも、夜寝るときにそう言われたことを思い出し、「あぁ昨日可哀そうって言われたな」と思いながら目覚める。もし私がもっとセンシティブな女性で、例えば雨で、3時に起きた緑が6時にまた隣でぎゃんぎゃん泣いていたら?そしてその日もまた「それじゃ可哀そう」って言われたら?だめな母親。私のところになんか産まれてきてごめんね。

この間「新米ママを喜ばせる言葉」について書いたけれど、「それじゃ可哀そう」は、「私といて緑が幸せ」のまさに反対だ。その後どんなに役に立つアドバイスを教えてくれたとしても、この言い方は、間違っていると思う。なぜ間違っていると言い切れるのか?それは、ママを悲しくさせるから。赤ちゃんにとって一番必要なことは、健康でハッピーなママと暮らすことだ。

こんな風に私も、良かれと思って言った言葉で誰かを傷つけてきたのだろうかと思うとぞっとする。「鬱なんて気持ちの問題でしょ?」正直そう思って生きてきた。子供ができて良かったことのひとつは、経験したことのない立場を多少でも想像できるようになったことだと思う。


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最近の添い寝スタイル

 いろいろな寝方を経て、最近は仰向けになった私にのっかるか、小脇に抱えられて眠る、のどちらかになった。ときどき思い出したように寒くなる5月。眠くなってぽかぽかの緑を小脇に抱えて、タオルケットをかぶるとなんとも心地よい。